人類の歴史は因縁の歴史

今の私達を動かしているのは太古の昔より繋がっている因縁によるものだとするならば、私達が見ている世界は、ドロドロに絡みついた因縁の渦でもがき苦しむ人類の姿になるのでしょう。では、そのドロドロの因縁の渦を辿ると行きつく先には誰が居るのでしょう。アメキジの独り言の中に「日ユ同祖論」が有りますので、それを踏まえて遡っていくと、どうやら聖書の創世記で登場するアダムに行きつく事になるようです。ただアダム一人の時は何の問題も無いようですが、ある時、創造主はアダムの肋骨からイブを作ります。ある時、イブは蛇からそそのかされて創造主から固く止められていた禁断の木の実を食べ、アダムにも食べるように促します。木の実を食べた二人に変化が起きます。お互い裸でいる事が恥ずかしく思い、隠すようになります。ここで羞恥心が芽生えました。さらにアダムは創造主から「あなたは何処にいるのか」と問われると「恐れて隠れました」と答えます。この時点でアダムは「約束破ったから怒られるぅ」って思ったのでしょうね。悪いことをしたと言う自覚が有った・・・いや、芽生えたと言う事です。そう、嘘、妬み、嫉み、嫉妬、欲、・・・ここから始まるのです。しかもアダムの息子は兄弟を殺してしまいます。たった2代目にして殺人が起こるのです。殺生因縁の始まりですね。ここからの世界は乱れに乱れて行きます。殺人・略殺・略奪・強姦・詐欺・奴隷・・・おぞましいくらいです。私達人類の歴史はドロッドロの因縁が渦巻く歴史なんですね。

全ての罪を背負う人

そんな歴史の世の中ですが、世代が重なるうちに因縁を清算するチャンスが訪れます。そうイエス・キリストが現れます。しかし人類はそのチャンスを逃してしまいます。聖書によるとイエスは全ての人の罪を背負う救世主として現れますが、万民には受け入れられず、しかも同族のユダヤ人に受け入れられませんでした。当時統治者であったローマ帝国のピラト将軍はこう決断します。「同族のユダヤの民達がイエスを卑しい偽りの者だから十字架に掛けろと言っているのならそうしよう。」こうしてイエスは十字架に掛けられます。残念ながらイエスをもってしても罪と言う因縁から全人類を逃れさせる事は出来なかったと言う事になります。
これで現在私達にドロドロと絡みつく因縁の渦はとてつもなく深く、おぞましいと言う事なのです。現在私達を取り巻く世の中には目を覆いたくなるような悲惨な出来事が起きています。私達が出来る事は、自分の周りで起きている小さな出来事を一つでも多く消して行く事なのではないでしょうか。

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