世界人口の3割強がクリスチャン

前にも述べましたが世界の3大宗教、キリスト教、イスラム教、仏教がありますが、キリスト教は今から2000年前イスラエルでイエスキリストと言う救世主が生まれて来ました。 かれは30歳から33歳までの3年間愛の重要性を説いて回ったのですが、同じユダヤ人がその事を理解できず結局悪魔扱いされて十字架へ張り付けにされ処刑されてしまいます。 その側にいた12人の弟子たちが世界中で伝道活動をしてキリスト教が広まり、いつしかローマ法王と言うポジションが生まれ、今となってはローマ法王を中心として完全なピラミッド組織が出来上がりました。 法王が右を向けといえば、クリスチャンは絶対に右を向かなければいけない、そんな組織になってしまいました。
1510年マルティンルターと言う人物が誕生します。 そして今のキリスト教は「おかしい、腐っている」と言って宗教改革を起こします。 彼は「私達は聖書に帰依しなければならないから、思っている事はどんどん主張していきましょう」と言って、主張すると言う英語、「プロテスト」がそのまま団体名となり「プロテスタント」と呼ばれるようになります。 そして「貴方たちの考え方はもう古い」、古典と言うラテン語、「カトリック」が使われるようになりました。 今となっては同じキリスト教なのにいまだに相争い、戦争までしています。 又、ルターは「聖書は自由に解釈してよい」と言ったものだから、プロテスタントの末裔には、モルモン教やエホバの証人、統一教会といった無数の信仰宗教団体が発生する結果になりました。
私達は生かされている
では仏教はどうでしょう。 仏教はキリスト教よりももっと歴史が古く、更にさかのぼる事500年ですから、今から2500年前、インドでゴーダマ・シッダールタと言う人物が、とある国王の息子として生まれて来ました。 でも「私は王様にはなりたくない」と言って城を捨てて出家します。 城を出た彼は城内では見た事がない人間の強欲を沢山見る事となります。 彼は思います「人間はなんていやらしい生き物なんだ」と。 そして今度は自分の心の中を探求して行くと、自分の中にある物が一番いやらしい事に気付きます。 当時のインドは荒行が主流でしたので、滝行、断食、滝行、断食、と、それを繰り返します。 ところがゴーダマ・シッダールタ、やればやるほど欲望が強くなって行きます。 そこで彼が出した答えは、「人間の欲望は絶対に取れない」でした。 全てを諦め彼は洞窟に籠り、人との接触を避けるようになります。 彼が籠る洞窟の中は光が届かない漆黒の闇が支配する世界です。 視界は役に立ちません、どこを見ようと変わらない暗闇です。 すると何が発達するのかと言うと、耳、聴力が敏感になりました。 そして何が聞こえたかと言うと、誰もいない空間の中で自分の呼吸を感じ取ります。 「何か知らないが人間は息を吸ってはいている」 彼は呼吸の重要性に気が付きます。 そして生き死にや貧富、など様々な事に思いを巡らせ、ある事に気付き始めます。 それは「全ての物事は独立して存在するのではなく、それぞれが相互に依存しあって存在しているのではないか」と言う事でした。 私たち人間や動物は植物を食べて生きることが出来る。 植物は人間や動物の屍や排泄物等を養分にして育ち、空気や水を綺麗にする。 人間や動物たちは植物がいなければ死んでしまい、植物は人間や動物達がいなければ枯れてしまう事に気が付きます。 「なるほど、今まで自分はどうやって生るのかを考えていたけれども、そうではなく違っていたんだ。 人は人だけでは生きて行けない、人は皆一つの自然節理の一部であり、宇宙と繋がって生かされている」と言う魂の本質「集合意識」に出会います。 彼は神様に出会ったのではなく自分の中の本質に出会ったのです。
インドや中国では魂の事を仏と呼びます。 だから、仏教概念で「人は死ぬと皆仏になる。」と「人は死ぬと皆魂になる。」は同じ意味になります。 彼は魂の本質を教えているので、仏の本質を教えている、だから「仏教」です。 彼は死んだあと釈尊と言う称号を頂きました、後に彼を御釈迦様と呼ぶようになりました。 彼の死後、弟子達が御釈迦様が述べた事柄をまとめ、「仏典」とし、それを持って中国や東南アジア、日本などに行くようになりました。 ところが世界に広がるにつれ、仏教の考え方が大きく変わり「大乗仏教」と「小乗仏教」などの考え方に変わって、今となっては言ってる事や考え方、教義、価値観がまったく真逆になったりしています。 日本に伝わった仏教はもっと混迷を極めます。 浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、天台宗、真言宗、禅宗、等々いっぱい存在します。 浄土真宗に至っては、「おたく何派?」 と、派閥まであります。 京都の大きな道を境に、ここからこっちは西本願寺、ここからこっちは東本願寺。 同じ本願寺でも長い歴史の中でいまだに相争っています。
神からの啓示

イスラム教は今から1800年前マホメッドと言う商人が現れます。 ある日ラクダに乗って行商の旅をしていると、太陽が突然大きくなり、一面が真っ白になるくらい眩しく輝きました。 マホメッドは驚いてラクダから転げ落ちてしまいます。 すると太陽から声が聞こえてくるのです。 「私は創造主アラーである。 人類はとんでもない過ちを犯しています、今から正しいことを伝えますので書き記しなさい。」 マホメッドは慌てながらもその言葉を書き記します。 それが「コーラン」です。 ところがコーランを読むのは人間ですから、これもまた様々な解釈がされます。 最終的には沢山の派閥が生まれてしまいます。 主な派閥としてシーア派やスンニ派、イスラム原理主義派、があり、中には過激な思想が生まれ、テロまで起こしてしまっています。
人の心を正しき方向へ導くはずの宗教が、何故か人を争いへと駆り立てています。 人類の過去の戦争は全て宗教戦争で、イデオロギーの戦いです。 世の中が漫画チックに善が勝って悪は滅びるなんて単純であれば、人類はこんなに苦労はしていないでしょう。 皆、心の深いところで絶対善を掲げているから終わりがないのです。 それが宗教なのです。 つまり
宗教は素晴らしい物だけれども、完璧でもなければ絶対でもない。
と言う事が解りました。
では何故、科学や宗教は完全ではないのでしょうか。 それはどちらも不完全な人が生み出しているものだからです。 そもそも「どちらが正しい?貴方はどちらを信じる?」 なんて言ってる事自体が愚かです。 どちらも同じ事を言っているからです。 言うならば科学と宗教は、表と裏、光と影、側面的な事を言ってる事にすぎません、一見違って見えますが基は同じなのです。 なのでアインシュタインはこう言いました。
宗教無き科学は欠陥であり、科学無き宗教は盲目すぎる

アインシュタインは見事にそれを言い表し、的を得ています。 だからどちらが絶対とかではないのです。 今こそ時代はこの「心の在り方」と「現代科学」は融合しなければならない所までに来ていると言う事なのです。
科学と宗教の融合
アインシュタインが生まれた事によって新たに見つかった物があります。 それが原子力です。 この原子力を使って人類は2つの物を持つ事になります。 平和利用の「原発」と、軍事利用の「原爆」です。 この2つによって日本人が何万人と命を落とす事になります。 私達にもっとちゃんとした宗教観、倫理観、モラル観があったならば、原爆なんか作らせるはずがないでしょう。 この世の中で一番恐ろしいのは科学です。 今人類が作り上げた化学兵器を集めると、この人類を7回滅亡させることが出来ると言われています。 では宗教だけ信じていれば良いのかと言うと、そうではありません。「貴方が幸せになるには1億円を教団へ寄付しなさい」 ダメダメ、根拠がないでしょう。
やっぱりこの二つは融合して行かなければならない事がこれでわかると思います。
では 魂は存在するのか
それは次回にお話ししましょう。
